【有田圭一 コーチ】バドミントンでの「点数を取る」を考える(思考を騙す)

講師一覧 有田圭一 ダブルス シングルス

今回は、点数を取るの中でも「思考を騙す」について、お話をしていきます。

“間”を感じる

特にスポーツではタイミングが非常に大切です。

しかもバドミントンは球技の中でも最も初速が速いスポーツとして認知されており、予測や準備ができていないとシャトルに触ることすらできませんし、失速率も高いためタイミングがずれると思ったところに打ち返すことはできません。

相手ショットと自分のショットの間には“時間”があり、認知した“間隔”(以下、“間”と表現)が合えばコントロールしやすく、“間”がずれればコントロールが難しくなります。

タイミングがずれても、できるだけ正確にコントロールするために「コンパクトにスイング」したり、「準備を早く」したり、「線で打つ」というお話をしてきました。

逆に考えると相手が予想する“間”をずらせば相手を騙しやすくなります。

そのためには、まず相手の「間」を感じなければなりません。

どんなリズムなのか、どういった緩急を使ってくるのか、速い時と遅い時の差はどのくらいなんだろうと、相手のリズムに合わせながら体感します。

“間”で思考を読む

ラリーを切られてしまうと体感する機会が少なくなるので、できるだけ高く奥まで上げたり、スマッシュも返球を自分がフォローできるスピードでラリーが長くなるように打ちます。

相手の“間”がわかってくると相手の思考がわかってきます。

「タイミングをずらす意図はこういう理由なんだな」、とか「ここで早く打ってくるということはこちらが準備できていない隙を狙ってきているんだな」というようにです。

その“間”の思考を予想しながら外していくということが騙すことにつながります。

いきなりゲーム序盤から頻繁に“間”を外そうとすると、外し方を、思考を読まれてきます。

とりあえず点数を取ってゲームを有利に運ぼうとする心理はわかりますが、経験豊かなプレーヤーは早ければ1ゲーム目中盤、または終盤には思考の傾向を読み、色々と試す中で相手に変化がないとわかると、“間”をずらしてうまくプレーできないように仕向けます。

それを「外されているかわからないレベル」でやるので、本人はなぜうまくいっていないかがわからずにエラーを誘われることになります。

自滅しているように思い込ませるということですね。

ある程度鍛錬を積んできている選手は、失敗すると自分を責める傾向があります。

もちろん悪いことではありませんが、そういう反応を試合中、過剰に見せるとそういう心理をうまく利用されてしまいます。

「もっとうまくやらないと」と頑張れば頑張るほど“間”を外されて失敗させられ、更に追い込まれていきます。

相手に考えさせる

うまくいかない理由をスキル不足だと考えるという思考は、試合中のコート上でやっても全く意味がないので、そこから少し離れるように意識します。

そして相手が「あれ?うまくいかない理由は相手が変化を加えてきているためか?」ということに気づきだすと、こちらの思考をつかもうと観察してきます。

そうなってくると今度は、こちらの何の工夫もないショットや隙のあるショットまでも、相手が勝手に「何か策があるのではないか?」と疑ってくれるようになります

(実際は策があることがほとんどですが、追い込まれた場所からのショットで甘くなった場合でも相手が勝手に思い込んでくれることもあります)。

「追い込まれたふりをしていないか?」「この甘いショットに何か意味はあるのか?」というようにです。

中学生時代、シングルスで私がよく使ったのは、ネット前をわざと追い込まれた体勢を作ってクロスネットをするというもの。

相手は追い込んだと思って油断し、ストレート前に誘われてくることが多く、これをきゅっとクロスに打ってよく形勢を逆転しました。

高校生になるとこのショットが読まれだしたので、同じ体勢から高いロブを打てるように練習しました。

そうしてストレートネットに誘う中で、クロスネットかロブかをわかりにくくして相手の足止めをしました。

幼い頃にやった「五目並べ」では“4-3”という勝ちの形を作るために一見適当なところに打つ時がありました。

もちろん策があり、その一手を封じないと3、3、3、4-3というように勝ちパターンにはめられるのですが、一度その手ではめることができると、相手は策がなくて苦し紛れの時も「何この手?」と考えてくれる時があります。

だから表情には出さない。内心はドキドキしているのですが。

そういう要素がバドミントンにも多く入っているように思えます。

読まれていると思わせる

切られない程度でエラーになりにくいぎりぎりの球を打ってコートに入れますが、いくら上級者であっても上には上がいます。

何重にも重なった、詰将棋のようになった戦術で騙され、悪い体勢で打たざるを得ないことがあります。

その時に働く思考は、「読まれているかもしれない」というもの。

ついつい無理なコースやライン際を狙ってしまったりします。

その逆でいわゆるチャンス球が来た時も、「この球は誘われていないか?」と考え過ぎ、打ち込めば優勢になるところをあえてドロップを選択し、タイミングが若干ずれてネットにかけてしまうこともあります。

いわゆる疑い過ぎですね。

このように相手が「打たされている感」を持ってくれれば「騙す」という作戦がさらに効果的になってきます。

人は誰でも「支配」されるのを嫌います。

ゲームを支配されているような、なんとなく感じる不安感を持たせれば相手は心理的にも自ら追い込まれエラーを多くしてくれます。

常に何かを狙う「目」を

私はバドミントンには詰将棋的な要素が多く含まれると思っています。

もちろん強打やコントロールショットは武器になりますがそれだけでは勝てません。

大切なのは騙すこと。

あらゆる手段を使って70%くらいのスマッシュでも、相手近くに運ぶ球でもどう返球するか考えないと読まれる不安を与えることです。

だから自分の能力を大きく超えたことは試合ではしません(練習ではラインを狙ったり、ネットインを狙ったりなどはどんどんやります)。

そして常に何か策があると思わせるように淡々とプレーすることは一つの戦術だと思っています。

相手のいいショットが決まっても「次はこれを読まれるかも」「このショットを利用されるかも」という不安感が相手に生まれるよう、表情は冷静に、常に何かを狙っている目をし続けます。